甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)は、今では山梨県・埼玉県・長野県の境にある山の名として知られています。まず字だけを見ると少しむずかしく感じますが、この山名は、場所の特色がそのまま名前になったものとして理解されることが多いです。
いちばんよく知られている由来は、甲斐・武蔵・信濃という三つの旧国名にあります。山がちょうどこの三国の境にあたるため、それぞれの国名から一字ずつ取って「甲武信」とした、という説明です。
つまり、「甲」は甲斐、「武」は武蔵、「信」は信濃を表しています。いまの県名で言えば、山梨・埼玉・長野の三県境に当たるので、地理を知ると山名の意味がとても分かりやすくなります。
この山が三国の境と強く結びついていることは、地形のうえから見ても自然です。山のまわりからは荒川・千曲川・笛吹川の源流が分かれ、三方へ尾根がのびているため、昔の人にとっても「国境の山」として意識しやすい場所でした。
そのため、山名の成り立ちを説明するうえでは、「三国の境にあるから」という考え方が基本になります。地名を扱う辞典でも、この説明が中心に置かれていて、まずはこれを土台に考えるのがもっとも素直です。
ただし、この山名にはもう一つ、よく語られる見方があります。それは、三方から尾根が集まった山の姿が、握りこぶしのように見えるので「こぶし」の名がついた、というものです。
この説が気になるのは、読み方が「こうぶしん」ではなく、「こぶし」だからです。漢字の音をそのまま読んだ名ではなく、もともと「こぶし」と呼ばれていた山に、「甲武信」という字を当てたのではないか、と考えたくなるところがあります。
けれども、山名の由来を一つだけに決めきるのは、少し慎重でいたほうがよさそうです。三国境にあることから字を作ったという説明はたいへん分かりやすく、いっぽうで「こぶし」という読みや山容の印象が、それに重なって今の名が親しまれてきたとも考えられるからです。
表記にも少しゆれがあります。辞典には「甲武信ヶ岳」と「甲武信岳」の両方が見え、読みも「こぶしがたけ」と「こぶしだけ」が併せて示されることがあります。
こうしたゆれを見ても、この山名が、ただ漢字を機械的に読ませるだけのものではないことが分かります。場所を示す意味のはっきりした字と、山の姿や呼びやすさを思わせる読みとが、長いあいだに結びついて定着したのでしょう。
甲武信ヶ岳の由来をまとめると、山名の中心には、甲斐・武蔵・信濃の三国境に位置するという地理的な事実があります。そしてそれに加えて、読みの「こぶし」や、握りこぶしを思わせる山の姿から説明する見方も伝わっています。字の意味は三国境、読みの親しみは山の姿というように、二つの要素が重なって今の山名になったと考えると、この少し不思議で覚えやすい名がよく理解できます。
主な参考文献
・『デジタル大辞泉』
・『精選版 日本国語大辞典』
・『日本歴史地名大系 埼玉県の地名』
・『マイペディア』
・『改訂新版 世界大百科事典』
・林野庁関東森林管理局「こぶしだけ」


























































































































