ピンキリは、今では「品物にも人にも、上から下まで大きな差があること」を表す言い方です。かなで書けば「ぴんきり」ですが、ふつうはカタカナで書かれることが多く、くだけた会話でもよく使われます。
この言葉は、もともと「ピンからキリまで」という長い形でした。今のピンキリは、その前半と後半を合わせて縮めた言い方です。
「ピンからキリまで」の意味は、始めから終わりまで、また、最上から最低まで、ということです。ですからピンキリは、ただ「いろいろある」というより、「とてもよいものから、とてもよくないものまで幅が広い」という感じを強く持っています。
このうちピンは、ポルトガル語の pinta にさかのぼるとされます。もともとは点の意で、カルタやさいころの目の一を表し、そこから第一番、最上のもの、という意味へ広がりました。
いっぽうキリは、ポルトガル語の cruz に由来するとされ、十字架、また十の意に結びつく言葉です。日本では天正カルタの札の呼び名に入り、のちに最後のもの、最低のものを表すようになりました。
このため、ピンとキリは、ばらばらに生まれた日本語というより、南蛮文化といっしょに入ってきたカルタの呼び名と深くつながっています。天正カルタでは、一の札をピン、十二枚目の札をキリと呼んだことが、後の言い回しの土台になったと考えられています。
ただし、キリについては、今の「終わり」の意味から考えて、和語の「切り」と関係づける見方もあります。ですから、細かなところまで一つに決めきるより、外来語のキリが広まり、日本語の「切り」の感じとも重なって、今の意味が強まったと受け取るほうが無理がありません。
古い例としてよく知られるのは、1866年(慶応2年・江戸時代末期)の歌舞伎『船打込橋間白浪(ふねへうちこむはしまのしらなみ)』です。そこに「ぴんからきりまで高下があるのよ」とあり、このころにはもう、上等なものから下等なものまで幅がある、という意味で使われていたことが分かります。
その後、1928年〜1929年(昭和3年〜昭和4年・昭和時代前期)の林芙美子『放浪記(ほうろうき)』には、「ピンからキリまである東京だもの」と見えます。ここでは、東京という町には実にさまざまな人や物がある、という言い方になっていて、今の感覚にかなり近づいています。
このように、もとの「始めから終わりまで」という並べ方が、しだいに「最上から最低まで」という並べ方に寄っていきました。そして、そこからさらに縮まって、今のピンキリが、品物の値段、仕事の腕前、人の実力などを気軽に言う言葉として定着したのです。
表記がカタカナなのも、この言葉の来歴とよく合っています。ピンもキリも外来語として意識されてきた面があり、とくにキリは、今でもカタカナで書かれることが多いとされています。そのため、縮まった形のピンキリも、ひらがなよりカタカナのほうが自然に受け取られやすいのでしょう。
ピンキリの由来をまとめると、もとは「ピンからキリまで」という言い方で、ピンは一番はじめ、一番上のもの、キリは最後、また最低のものを表しました。その背景には、ポルトガル語由来のカルタの呼び名があり、そこから「上から下まで実に幅がある」という今の意味が育ったのです。短い言葉ですが、その中には、南蛮渡来の遊び道具と、日本語らしい言い回しの変化の両方が重なっています。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』
・『和漢三才図会』
・河竹黙阿弥『船打込橋間白浪』
・林芙美子『放浪記』








































































































































