ハードボイルドは、今では、感傷に流されず、非情で、乾いた感じのする文体や人物像を表す言葉としてよく使われます。とくに探偵小説や映画の世界でおなじみですが、もともとは文学や日常の気質を表す英語から来た言葉です。
この言葉のもとの英語は hard-boiled で、元来は「卵の固ゆで」を意味します。白身も黄身もすっかり固まった状態から、心がやわらかく動かない、感情を表に出さない、というたとえが生まれました。
英語では、少なくとも十九世紀の終わりには、hard-boiled に「情にほだされない」「冷たいほど現実的だ」という感じが出ていたとされています。つまり、文学の名になるより前に、人の気質や態度をたとえる言葉として育っていたのです。
その後、この言葉はアメリカ文学の表現のしかたを指すようになりました。むだな飾りをへらし、感情を大げさに語らず、事実や行動をすばやく積み上げていく書き方が、ハードボイルドと呼ばれるようになったのです。
広い意味では、第一次世界大戦後のアメリカ文学に見られる新しい写実の手法を指し、ヘミングウェイらの文体とも結びつけて説明されます。けれども、今の私たちがこの語から真っ先に思い浮かべるのは、やはり推理小説の一ジャンルとしてのハードボイルドでしょう。
この意味では、行動的な私立探偵が主人公になり、なぞを論理だけで解くよりも、都市の暴力や腐敗の中で人間がどう生きるかを描くことが重んじられます。ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーが代表とされるのは、そのためです。
日本語に入ったあとも、ハードボイルドはただ「探偵小説の型」だけを指す語にはとどまりませんでした。非情、冷酷、感傷を切りつめたさま、あるいはそういう文体や生き方まで表す言葉として広がっていきました。
日本語での早い例として確かめられるものの一つに、1951年(昭和26年・昭和時代中期)の桑原武夫の文章があります。そこでは「ハード・ボイルド(冷徹)」と書かれていて、このころには日本でも、作風や態度を表す言葉として通じていたことが分かります。
辞書に載る早い例としては、1954年(昭和29年・昭和時代中期)の山本健吉『俳句の世界』の用例が挙げられています。つまり、日本語のハードボイルドは、戦後まもない時期に、文学批評や小説紹介の中から広がっていった言葉だといえます。
その後、この語は映画にも移り、無口で皮肉屋の私立探偵、暗い都会、乾いた会話、ためらいの少ない行動といったイメージをまとって定着しました。ハンフリー・ボガートの探偵像が、この言葉の雰囲気を日本で強めたことも確かです。
ここで大事なのは、ハードボイルドが、ただ「暴力的」というだけの言葉ではないことです。むしろ、感情をむやみに語らず、つらい現実を前にしても、表情や言葉を固く保つ、その硬さにこの語の中心があります。
ハードボイルドの由来をまとめると、もとは英語で「固ゆで卵」を意味した hard-boiled が、やがて「情に流されない」「硬い気質」を表すたとえになり、さらにアメリカ文学と探偵小説の作風の名へ育ったものです。日本語ではその響きごと取り入れられ、今では文体、人物像、映画の空気まで表す、少し硬質で印象の強い言葉になっています。
主な参考文献
・『デジタル大辞泉』
・『精選版 日本国語大辞典』
・『日本大百科全書』
・『改訂新版 世界大百科事典』
・Merriam-Webster Dictionary
・桑原武夫『ヘミングウェイ『武器よさらば』』
・山本健吉『俳句の世界』








































































































