弥縫は、今の日本語では、欠点や失敗をその場だけ何とかつくろうこと、一時しのぎに間に合わせることを表す言葉です。少しかしこまった文章で使われることが多く、「弥縫策」という形でもよく知られています。
読みは「びほう」で、古い字体では「彌縫」と書かれます。意味だけを見るといかにも難しい熟語ですが、もとは日本で生まれた言い方ではなく、中国の古い書物にさかのぼる漢語です。
いちばん古いよりどころとして挙げられるのは、『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』僖公26年の文です。そこには、斉の桓公の働きをたたえて、「不一致をおさめ、欠けているところを弥縫し、災いを救った」という意味のくだりが見えます。
この古い文脈では、弥縫は今の日本語でよく感じる「ごまかし」だけを表してはいません。むしろ、足りないところを埋め、乱れをおさめ、こわれかけたものを持ちこたえさせるという、もっと広い意味で使われています。
言葉の形から見ても、その意味は分かりやすいところがあります。「縫」はぬい合わせることですし、「弥」は不足を埋めるように広く行きわたる意味を含む字です。二字を合わせた弥縫は、もともと、すきまや欠け目を埋めるように整えることを表したと考えられます。
日本語の古い例として早くから確かめられるのは、1060年ごろ(平安時代中期)の『本朝文粋(ほんちょうもんずい)』です。そこでは、織女の雲の衣を補い合わせる場面に「彌縫」が用いられていて、やぶれや不足をつくろう、という具体的な感じがよく表れています。
このことから分かるのは、日本語に入ったかなり早い時期には、弥縫がまだ文字どおり「補い合わせる」「繕う」という意味で受け取られていたことです。今のような「その場しのぎ」の響きは、最初から強かったというより、後の使われ方の中で次第に目立ってきたと考えるほうが自然です。
のちの日本語では、足りないところをぬい合わせるという元のイメージから、欠点を表面上だけ取りつくろう意味が強くなりました。1897年(明治30年)の『福翁百話』にも「一時を彌縫して」とあり、ただ直すのではなく、その場をしのぐ感じがはっきり見えてきます。
ここから、今の「弥縫策」のような言い方が生まれます。破れを根本から作り直すのではなく、見えている傷みをぬい合わせて当面を切り抜ける、というたとえが、そのまま政治や社会の話にも使われるようになったのです。
ですから、弥縫の語源をひとことで言えば、中国の古典に現れる「欠けたところを埋め、つくろう」という漢語が、日本語の中でしだいに「失敗や欠点を一時しのぎで取りつくろう」という意味へ傾いていったものです。元の意味を知ると、今の言葉の少し苦い響きも、布のほころびを急いでぬう姿から生まれたことがよく分かります。
弥縫は、古典の中では欠け目を埋める働きを表し、日本語ではそこから「表面だけを繕う」という意味合いが強まった言葉です。短い二字の中に、「補う」という前向きな動きと、「取りつくろう」という消極的な気分の両方が重なっているところに、この言葉の歴史のおもしろさがあります。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・『普及版 字通』
・『春秋左氏伝』
・『本朝文粋』
・『福翁百話』















































































