帝王切開(ていおうせっかい)は、母親の腹部と子宮を切開して赤ちゃんを取り出す手術の名です。いまでは医療の言葉として広く知られていますが、「帝王」という字を見ると、なぜ出産の手術にこんな大きな字が使われるのだろうと不思議に思う人も多いでしょう。
日本語の「帝王切開」という呼び名は、ドイツ語の「Kaiserschnitt(カイゼルシュニット)」をそのまま訳したものです。つまり、日本語の形だけを見るより、まず外国語の言い方をたどると、この語の成り立ちが見えやすくなります。
ドイツ語の「Kaiserschnitt」は、見た目の上では「Kaiser(皇帝・帝王)」と「Schnitt(切開)」からできています。そのため、日本語でも「帝王切開」と訳されたわけですが、ここでいう「帝王」をそのまま意味どおりに受け取ると、かえって本来の語源から遠ざかってしまいます。
さらに古くたどると、この語は中世ラテン語の「sectio caesarea」にさかのぼるとされています。ドイツ語の辞典では、これは古代ローマの著述家プリニウスが、カエサルという名を「母の胎内から切り出された者」と結びつけて説明したことにちなむ借用翻訳だとされています。
昔から広く知られてきたのは、「ユリウス・カエサルがこの方法で生まれたので、その名がついた」という話です。日本の事典類にも、この伝説にもとづく説明が古くから見え、長いあいだ人びとの記憶に残ってきました。
ただ、この説明だけで言い切るのは、いまでは慎重であるべきだと考えられています。ブリタニカ国際大百科事典や日本大百科全書では、ラテン語の「caedere(切る)」に結びつけて、「妊娠した子宮を切開する」という意味から出たとする説明のほうが有力だとしています。
つまり、この言葉の中心にあるのは、まず「帝王」そのものではなく、「切る」という意味です。カエサルの出生伝説は、ことばの広まりに影響した話としては大切ですが、語のいちばん土台にある意味を説明するものとしては、いまではそれだけでは足りないとされています。
日本でこの語が広まった道筋にも、ドイツ語との深い関係が見えます。日本医科大学の回顧記事には、1894年(明治27年・明治時代)の『羅獨和医学辞典』に「Kaiserschnitt」の訳として「皇帝切開術」とあったことが紹介されており、明治の日本がドイツ語の医学を強く受け入れていたことがうかがえます。
その後、日本語としては「皇帝切開術」ではなく「帝王切開」の形が一般に定着しました。少なくとも1949年~1950年(昭和24年~昭和25年・昭和時代)の『本日休診』には「帝王切開」の形が見え、二十世紀半ばには今の語形がふつうに使われていたことがわかります。
こうして見ると、「帝王切開」は、古いラテン語の言い方がヨーロッパの各言語を通り、近代日本の医学の言葉として移ってきたものです。字面だけを見ると「帝王のための切開」のように感じられますが、実際には、出産のために子宮を切開するという医学上の行為を表した言葉が、長い言語の歴史の中で今の形になったのです。
ですから、「帝王切開」の語源をひとことで言うなら、ドイツ語「Kaiserschnitt」の直訳であり、さらに深くはラテン語の「切る」という意味に根をもつ言葉だといえます。カエサルの伝説はこの語をめぐる有名な話として覚えておくとよいのですが、言葉の成り立ちそのものは、それよりも少し複雑で、そしてずっと歴史の深いものです。
主な参考文献
・『日本大百科全書(ニッポニカ)』
・『精選版 日本国語大辞典』
・『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』
・『デジタル大辞泉』
・Duden “Kaiserschnitt”
・『日本医科大学での十年およびこの半世紀を回顧して』
































































































