おじゃんの語源・由来

おじゃんは、今では「せっかく進めていたことが、だめになること」を表す言い方です。「計画がおじゃんになる」「話がおじゃんだ」のように使われ、物事が途中でくずれてしまう感じをくだけて表します。

この言葉の由来は、一つに決めきれません。今の辞書類には、大きく分けて二つの考え方が見えます。一つは江戸時代のことば「じゃみる」「じゃみ」につながるとする見方、もう一つは、火事が収まったときの半鐘の音に結びつける見方です。

古い例をたどると、いちばん早く確かめられるのは、おじゃんそのものではなく、動詞の「じゃみる」です。1677年(延宝5年・江戸時代前期)の俳諧書『宗因七百韻』には、すでに「じゃみたか」という形があり、物事がうまく運ばず、そこでくずれる意味で使われています。

そのあとも、1767年(明和4年・江戸時代中期)の浄瑠璃『関取千両幟』では「じゃみる」が「中途でだめにする」という意味で現れます。さらに、1780年(安永9年・江戸時代中期)の『風来六部集』にも「此相談はじゃみる筈なり」とあり、この言い方が町のことばとして広がっていたことが分かります。

名詞の「じゃみ」も、少し後に見つかります。1787年(天明7年・江戸時代中期)の雑俳『玉柳』に出る「じゃみ」は、「不成功に終わること」「だめになること」を表す形として残っています。つまり、江戸時代には、まず「じゃみる」という動詞があり、そこから「じゃみ」という名詞も使われていたのです。

それに対して、「おじゃん」の初めの例として挙げられているのは、1820年(文政3年・江戸時代後期)の歌舞伎『伊勢平氏梅英幣』です。そこでは「おぢゃんとなられた」と書かれていて、相談や算段がだめになったことを表しています。古い例の順番で見ると、「じゃみる」「じゃみ」が先にあり、「おじゃん」はそのあとにはっきり見えてきます。

このため、ことばの流れとしては、「じゃみる」や「じゃみ」と深く結びついていると考えるのが、いちばん自然です。実際、古い国語辞典では、「おじゃん」の中の「じゃん」は、だめになる意味の「じゃみ」が変わったものかと説明されています。ただし、ここは「こう言い切れる」とまでは書かれておらず、少し幅を残した書き方になっています。

もう一つの有名な説は、火事が鎮火したときに打つ半鐘の音から来たというものです。江戸の町では、半鐘の打ち方で火事の様子を知らせ、鎮火の合図にも決まった鳴らし方があったと伝えられています。その「ジャンジャン」という音から、おじゃんが生まれたとする説明です。

この半鐘の説は、今でも広く知られていますが、古い文章のつながりとして直接見えやすいのは、「じゃみる」から「じゃみ」、そして「おじゃん」へという流れのほうです。半鐘の説は耳に残りやすく分かりやすい説明ですが、古い用例が先に連なっているという点では、「じゃみる」との関係を重く見たほうが、慎重で無理のない書き方になります。

おじゃんは、江戸の町ことばの中で育った、少しくだけた言い方です。まじめな文章では「失敗する」「だめになる」「中止になる」と言う場面でも、口語では「おじゃん」が使われ、人の残念がる気持ちや、力が抜ける感じまで一緒に伝えることができます。言葉の響きそのものに、あっけなさや終わってしまった感じがこもっているのも、この表現の特徴です。

まとめると、おじゃんは「物事が途中でだめになること」を表す江戸語で、古い実例の上では、まず「じゃみる」「じゃみ」があり、そのあとに「おじゃん」が現れます。語源を一つだけに決めるのはむずかしいものの、ことばの歴史をたどるかぎり、だめになる意味の「じゃみる」と結びつける説明が、もっとも確かな土台を持っていると言えます。そのうえで、半鐘の音に由来するという説も、後の時代に広く語られてきた大切な説明の一つです。

主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・『ルーツでなるほど慣用句辞典』
・『宗因七百韻』
・『関取千両幟』
・『風来六部集』
・『玉柳』
・『伊勢平氏梅英幣』

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