きざはしは、今の言葉でいえば「階段」や「上がり段」のことです。古典では建物の庭先から屋内へ上がる段や、舞台の正面に設けた段などを指して使われました。今では日常語としてはあまり残っていませんが、古語としてはよく知られた言い方です。
この言葉は、古い辞書や古典で「階」と書かれ、同じものを「きだはし」とも言うことが確かめられます。つまり、きざはしは特別な建築用語ではなく、昔の日本語として広く通じた「階段」の呼び名でした。
語の成り立ちは、ふつう「きざ」と「はし」に分けて考えられます。「はし」は、古くは階段やはしごを指す言葉として単独でも使われていましたから、今の「橋」だけを意味したわけではありません。そこに、段を刻むことを思わせる「きざ」が付いて、「段を刻んだ上り道」という形の言葉になったと考えられます。
この考え方をうらづける材料として、「きざみばし」という言い方も残っています。『源平盛衰記(げんぺいじょうすいき)』には、14世紀前半ごろ(南北朝時代)に「刻階」と書いて「きざみばし」と読む例があり、きざはしと同じものを指しています。ここからも、「きざはし」が「刻むこと」と関係のある形で意識されていたことがうかがえます。
古い例としては、『宇津保物語(うつほものがたり)』に、970~999年ごろ(平安時代中期)、「きざはしは、御手を取りてのぼせ奉り給ふ」とあるのが早いものの一つです。ここでは、だれかを支えながら段を上らせる場面で使われており、今の「階段」とほとんど同じ意味であることがよく分かります。
『平家物語(へいけものがたり)』にも、13世紀前半ごろ(鎌倉時代前期)、「御前のきざはしを半ばばかり降りさせ給へるところに」とあります。上るだけでなく下る場面にも自然に使われているので、当時すでに、建物の出入りに関わる段を表すふつうの言葉になっていたのでしょう。
さらに時代が下ると、この言葉は能の世界でも使われます。『八帖花伝書(はちじょうかでんしょ)』には、1573~1592年ごろ(安土桃山時代)、「庭へきざはしあり」と見え、能舞台の正面から白洲へ下りる段を指しています。場所が変わっても、「上り下りのための段」という意味は変わっていません。
意味の広がりにも注目できます。18世紀後半の『一字般若(いちじはんにゃ)』には、「きざはし」が物事の順序や学びの進み方を表す意味で使われています。階段を一段ずつ上るイメージから、「物事には順番がある」というたとえの意味が生まれたのです。
漢字の「階」は、中国にももともとある字ですが、日本語ではそれを「きざはし」と読ませて使いました。ですから、きざはしは漢語から新しく作られた言葉というより、もともとあった日本語の呼び名に、意味の合う漢字を当てたものと見るのが分かりやすいです。字そのものも、段をなして上る場所を表す字として説明されています。
なお、同じ意味の「きだはし」との関係は、古い資料でもはっきり近く、実際に同じ見出しの中で扱われています。ただ、どちらが先でどちらが変わった形かを、今ある材料だけで言い切るのはむずかしく、少なくとも中世以後には並んで使われていたと考えるのが自然です。
きざはしの由来をまとめると、古くからあった「はし」という言葉に、「きざむ」ことを思わせる「きざ」が加わり、段を刻んだ上り道を表すようになったと考えられます。そして、その意味に合う漢字として「階」が当てられ、古典の中で長く使われました。今は少し古風な響きのある言葉ですが、一段一段を上る形がそのまま言葉の姿に映っている、たいへん分かりやすい古語だといえます。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・『普及版 字通』
・『宇津保物語』
・『平家物語』
・『源平盛衰記』
・『八帖花伝書』
・『一字般若』
・樊怡君「反転語『階段』『段階』の成立と定着について」



























































































