自分(じぶん)は、今の日本語では「その人自身」を指すことが多い言葉です。けれども、会話では「私」の意味で使われることもあり、地方によっては相手を指すことさえあります。
この言葉の成り立ちをたどると、初めから一つの人称だけに決まった言い方ではなかったことが分かります。自分は、話し手・聞き手・その人自身のあいだを行き来しながら育ってきた、少し珍しい言葉です。
「じぶん」という読みが一まとまりの形で確かめられる古い例は、室町時代中ごろの『文明本節用集(ぶんめいぼんせつようしゅう)』です。ここに見えることから、少なくともこのころまでには、日本語の中で用いられていたことが分かります。
一方、1425年(応永32年・室町時代前期)の『満済准后日記』には、「自分又同前」とあり、自分が「わたくし」の意味で使われています。今の感覚では少しかしこまった響きがありますが、その感じはこの時代の用いられ方ともよく重なります。
この言葉は、ただ人を指すだけではありませんでした。1622年(元和8年・江戸時代前期)の『三体詩素隠抄』には「自分に推量して」とあり、「自分に」は「自分で」「自分なりに」のような意味で使われています。
さらに1688年(貞享5年・江戸時代前期)の『日本永代蔵』にも「自分に奉公を勤め」とあり、ここでも「みずから」の意味がはっきりしています。つまり自分は、早い時代から「私」と「みずから」とを行き来する言葉でした。
1724年(享保9年・江戸時代中期)の浄瑠璃(じょうるり)『関八州繋馬(かんはっしゅうつなぎうま)』には、「じぶんの伺候か」と見えます。ここでは「その人自身」という、今の標準的な意味にかなり近い使い方が確かめられます。
さらに江戸時代には、「御自分」「御自分様」という形で相手を指す言い方もありました。1687年(貞享4年・江戸時代前期)の『武道伝来記』にはその例が残っており、敬意をこめた二人称として使われていたことが分かります。
こうして見ると、自分は「一人称の言葉」と決めてしまえない言葉です。場面によって「私」にもなり、「あなた」にもなり、「その人自身」にもなるところに、この言葉の長い歴史がそのまま表れています。
字の形だけを見ると、漢字二字のかたい言葉のようですが、日本語の中ではかなり早くから生きた言い方として使われてきました。そして、この用法の広さがあったため、のちには軍隊で自分を指す言い方にもなり、現代の会話でのさまざまな使い分けにもつながりました。
今の共通語では、自分はまず「その人自身」を表す言葉として受け取られます。ただし、改まった場面で自分を指す少し古風な響きや、関西で相手を指す言い方が残っているのは、昔からこの言葉が一つの役目にしばられなかったためです。
自分の由来を短くまとめるなら、「みずから」と「その人自身」を表す言い方が、日本語の中で長く使われるうちに、「私」や「あなた」にも広がった言葉だということになります。ただの「私」の言い換えではなく、人と人との関係の中で指す先を変えてきたところに、自分という言葉のおもしろさがあります。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・『文明本節用集』
・『満済准后日記』
・『三体詩素隠抄』
・『日本永代蔵』
・『関八州繋馬』
・『武道伝来記』























































































