チューリップは、春の花としてとても親しまれている名前ですが、日本で生まれた言葉ではありません。遠い土地から花といっしょに伝わり、日本語の中で今の形に落ち着いた外来語です。
日本語の「チューリップ」は、西洋語の tulip・tulipa などの呼び名につながる形を写したものです。さらにそのもとをたどると、フランス語を経て、トルコ語 tülbend、さらにペルシア語 dulband にさかのぼるとされています。
この tülbend は、もともと花の名前ではありません。モスリンやガーゼのような薄い布、またそこから転じて、その布で頭に巻くターバンを表す言葉でした。
チューリップの花が、ふくらみのあるターバンの形に似ているため、その名が花にも使われるようになったと説明されます。つまり、この言葉の出発点は「植物の名前」ではなく、「かぶり物や布を表す言葉」だったわけです。
ヨーロッパで記録にはっきり残る古い例としては、1554年にオスマン帝国にいたオーストリアの外交官ブスベックがウィーンにもたらしたことが知られています。つづいて1561年にはゲスナーが図入りで紹介し、1593年にはクルシウスがライデン大学で栽培して、のちのオランダの球根文化につながりました。
そのため、チューリップと聞くとオランダを思い浮かべる人が多いのですが、言葉のいちばん深いところにあるのは、オランダ語そのものというより、トルコ語やそのさらに前の言葉の流れです。花の広まり方と、名前の生まれ方とは、少し道筋がちがうのです。
日本へこの花が入ったのは、文久年間(1861年〜1864年・江戸時代後期)とされ、1863年(文久3年・江戸時代後期)にフランスからもたらされたという伝えもあります。つまり、日本語の「チューリップ」は、江戸時代の終わりごろに実物の花とともに広まり始めた、かなり新しい植物名です。
日本ではカタカナの「チューリップ」のほかに、漢字で「鬱金香」と書く言い方も行われました。この読みはふつう「うこんこう」で、「うっこんこう」と読む形も見られます。
ただし、「鬱金香」という漢字がなぜこの三字になったのかは、カタカナ語の由来ほどはっきりしていません。中国語の表記を受けた名であることはたしかですが、字の選ばれ方の細かな事情までは、簡単に一つへ決めきれないところがあります。
また、日本語では「ボタンユリ」という和名も提案されましたが、広く定着したのは「チューリップ」でした。外から来た花に、漢字名や和名を当ててみたものの、結局は外国語に近い呼び名がいちばん自然に残ったことになります。
明治43年(1910年・明治時代後期)には、一般向けの園芸書『和洋四季草花培養図解』にも取り上げられています。さらに商業的な球根生産は1920年ごろから新潟で本格化し、日本の春を代表する花として身近になっていきました。
こうして見ると、「チューリップ」という言葉は、花の形をターバンにたとえた異国の呼び名が、ヨーロッパを通って日本へ届いたものです。見た目のかわいらしさに似合わず、ことばの来歴はとても長く、布の名、かぶり物の名、花の名へと意味を変えながら旅してきた表現だといえます。
主な参考文献
・『改訂新版 世界大百科事典』
・『プログレッシブ英和中辞典 第5版』
・Oxford Advanced Learner’s Dictionary
・『明治前園芸植物渡来年表』
・『和洋四季草花培養図解』
・『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』































































































