てきはほんのうじ【敵は本能寺】の語源・由来

「敵は本能寺」という言葉は、日本の歴史における衝撃的な出来事、すなわち「本能寺の変」に由来しています。

一五八二年、明智光秀は織田信長の敵とされる毛利勢に立ち向かうための行動を取るかのように見せかけて、突如として「敵は本能寺にあり」と宣言し、京都の本能寺に向かいました。

その時、織田信長は本能寺に滞在しており、明智光秀の突如とした攻撃によって、信長は自害を余儀なくされました。

しかし、この事件の直後、明智光秀は豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)の迅速な反撃に遭い、敗れ去ったのです。

この出来事から、「敵は本能寺」という言葉は、表向きの目的や動きとは異なる、真の狙いや意図があることを示す隠喩として用いられるようになりました。

一見してわかりやすい動きや行動の裏に、隠された目的や策略があることを警戒するニュアンスを持つ言葉となっています。

【敵は本能寺】の意味・語源由来!表で簡単まとめ

語源由来の博士
表を使って、「敵は本能寺」という言葉の背景や意味、およびその由来となった歴史的事件をカンタンにまとめます。
項目 詳細
言葉の背景 「本能寺の変」という歴史的出来事
年代 一五八二年
主要人物
  • 明智光秀
  • 織田信長
  • 豊臣秀吉(当時の羽柴秀吉)
明智光秀の行動 織田信長の敵とされる毛利勢に立ち向かうかのように見せかけ、「敵は本能寺にあり」と宣言して攻撃を開始。
織田信長の運命 本能寺に滞在中の織田信長は明智光秀の攻撃により自害。
明智光秀のその後 豊臣秀吉の迅速な反撃により敗北。
「敵は本能寺」の意味 表向きの動きや目的とは異なる、真の狙いや策略があることを示す隠喩。

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