濡れ衣は、今では、していないことをしたと決めつけられること、つまり無実の罪を着せられることを表す言葉です。ただし、古くは今より少し広く、根拠のないうわさや、身に覚えのない浮き名まで含めて言いました。
この言葉をそのまま見ると、「濡れた衣」です。もともとは本当に水や潮でぬれた着物を指す、ふつうの言い方でした。
ところが、かなり早い時代から、ただの衣服の名ではなく、たとえとして使われるようになります。905年〜914年(延喜5年〜延喜14年・平安時代前期)にまとめられた『古今和歌集』には、「春雨にぬれぎぬきせて君をとどめん」という歌があり、ここでは春雨のせいにして相手を引きとめたい、という意味で使われています。
この歌で大切なのは、「濡れ衣を着せる」が、初めから裁判の罪だけを指していないことです。相手に、本当ではない理由や言いがかりを負わせることが、もうこのころから「濡れ衣を着せる」と言えたのです。
さらに、10世紀前半(平安時代中期)の『伊勢物語』には、「濡れ衣着る」という形が見えます。ここでは、島が波でぬれていることを、根も葉もない浮き名を着せられることになぞらえており、古い「濡れ衣」はまず恋のうわさや無実の浮き名と深く結びついていたことが分かります。
この流れを考えるうえでよく知られているのが、「海人の濡れ衣」という言い方です。海人は海に入るので、着物がいつもぬれています。そこから、海人がぬれ衣を着るように、身に覚えのない評判や罪を負わされることをたとえて言うようになった、と説明されています。
実際、10世紀後半(平安時代中期)の『敦忠集』には、「あまのぬれぎぬ」が、くやしい無実の浮き名の意味で使われています。したがって、「濡れ衣」がたとえとして働いていたことは、平安時代にはもう確かめられます。
一方で、筑前の佐野近世の娘が、継母に陥れられて海人のぬれた衣を着せられた、という悲しい伝説もよく知られています。ただ、この伝説は後に強く語られるようになったもので、書物に残る「濡れ衣」の用例そのものはそれよりずっと古いため、この話を言葉のたった一つの出発点と決めることはできません。
こうして見ると、濡れ衣のもとの意味は、「ぬれた着物」そのものと、「身に覚えのないうわさを負うこと」とが重なったところにあります。そして時代が下るにつれて、恋のうわさや浮き名だけでなく、もっとはっきりした「無実の罪」へと意味が集まっていきました。
今の私たちが「濡れ衣」と言うとき、ほとんどは罪や疑いの話です。しかし、ことばの来歴をたどると、出発点には、海人のぬれた衣のように、ほんとうは自分から望んだのではないものを身に負わされる、という古い感覚がありました。
濡れ衣の由来をまとめるなら、もともとは本当にぬれた衣服を表す言葉で、それが平安時代にはすでに、無実の浮き名や言いがかりをたとえる表現になっていました。のちに意味がしぼられて、今の「無実の罪」という使い方が中心になったのです。短い言葉ですが、その中には、古い和歌のたとえと、人の名誉を傷つける痛みの両方が重なって残っています。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・『古今和歌集』
・『伊勢物語』
・『敦忠集』
・『源氏物語』
・福岡市博物館「筑前の伝説ことはじめ」







































































































































