面白い(おもしろい)は、今では、楽しい、興味深い、こっけいだ、変わっていて心を引かれる、といった広い意味で使う言葉です。毎日の会話でもよく使いますが、もとの意味は、今の「笑える」にそのまま重なるものではありません。
この言葉の古い形は、文語の「面白し」です。語の成り立ちについては、古くから「おも」と「しろし」とに分けて考えられ、「目の前や顔つきが明るく、はっきりする感じ」が土台にあると受け取られてきました。
そのため、いちばん初めの感じは、「何かがあって笑ってしまう」よりも、「目の前がぱっと明るく開ける」「気分が晴れる」「心が引き立つ」に近かったと考えると分かりやすいです。今の意味の広さも、ここから出てきたものとして見ると、無理なくつながります。
古い例としては、720年(養老4年・奈良時代)の『日本書紀(にほんしょき)』に「おもしろし」が見えます。そこでは、見聞きしたことに心が動き、もう一度聞きたいと思う場面に使われており、早くから「心を引く」という意味があったことが分かります。
また、『日本書紀』の歌謡には「おもしろき今城の中は」とあり、そこでは楽しく気持ちのよい場所をほめる言葉として使われています。奈良時代の終わりごろにできた『万葉集(まんようしゅう)』でも、美しく縫われた袋や、趣のある野の景色について「おもしろく」「おもしろき」と言っており、見て心が晴れる感じがよく表れています。
平安時代に入っても、この言葉はまず景色や月、花、音色などに向けて使われました。『竹取物語』では、月が美しく出たさまに「おもしろう」とあり、今の「趣深い」「風情がある」にかなり近い意味で使われています。
ところが、この言葉はそれだけにとどまりませんでした。しだいに、人の話や出来事にも広がり、「興味深い」「心ひかれる」「見どころがある」という意味が強くなっていきます。現代の「この本は面白い」の使い方は、こちらの流れを受け継いだものです。
さらに室町時代の終わりから近世の初めごろになると、「こっけいだ」「笑いたくなる」という意味もはっきり見えてきます。虎明本狂言『柿山伏(かきやまぶし)』には、「このような面白いことはない」とあって、今の「おかしい」「笑える」にかなり近い使い方になっています。
この変化は、とても自然です。目の前が明るくなる、心が晴れる、気分が引き立つ、という感じは、美しい景色に向けても、興味深い話に向けても、こっけいな出来事に向けても使うことができるからです。面白いは、一つの細い意味から出発したというより、明るく心が動く感じを広く受け持ちながら育った言葉だと言えます。
なお、807年(大同2年・平安時代初期)の『古語拾遺(こごしゅうい)』には「あな面白」という感動のことばが見えます。この書物では、天の岩戸の神話と結びつけて、このことばの由来を思わせる書き方もされていますが、これは古い時代にすでに行われていた説明の一つとして受け取るのがよいでしょう。
表記について言えば、古くは「面白し」「面白き」のほか、「おもて白」と分けて意識したような形も見えます。今の漢字の「面白い」は、語の成り立ちを見えやすくした表記ですが、日常ではひらがなの「おもしろい」も広く使われ、意味のやわらかさをよく伝えています。
面白いの由来をまとめると、もとは目の前や顔つきが明るく、はっきりして、心が晴れる感じを表した古い「面白し」にさかのぼります。そこから、景色が美しい、趣がある、興味深い、楽しい、こっけいだというふうに意味が広がり、今では人の心を強く動かすものを広く言い表す言葉になりました。ふだん何気なく使う一語ですが、その根には「明るくなる」という古い感覚が、今も静かに残っているのです。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・『日本書紀』
・『万葉集』
・『竹取物語』
・『古語拾遺』
・『史記抄』
・虎明本狂言『柿山伏』






































































































































