ご馳走様(ごちそうさま)は、今では食事のあとに言う、お礼のあいさつとして広く使われています。毎日の食卓でも当たり前のように使いますが、もともとは「おいしい料理」そのものをほめる言葉ではなく、もてなしのために力を尽くした人への感謝から生まれた言い方です。
この言葉を知るには、まず「馳走」という部分を見る必要があります。馳走は、古くは「走り回ること」「馬を走らせてかけ回ること」を意味する漢語で、食べ物の名ではありませんでした。
日本での古い例としては、1096年(永長元年・平安時代後期)の『中右記』に、車や馬が道をかけ回る意味の用法が見えます。また、1114年(永久2年・平安時代後期)の同じく『中右記』では、世話をするためにあれこれ手配する意味でも使われています。
このように、馳走はもともと、何かのために骨を折って動き回ることを表していました。そこから、客を迎えるために人や品を整え、あちこち奔走することをいうようになり、さらにその延長として、心をこめたもてなしそのものを指すようになりました。
1604年〜1608年(慶長9年〜慶長13年・江戸時代初期)の『ロドリゲス日本大文典』には、すでに馳走が「もてなし」を表す例が見えます。このころには、走り回るという元の意味が残りながらも、食事でもてなすことへ意味が広がっていたことが確かめられます。
そこへ丁寧さを加えた形が「御馳走」です。室町時代末から近世初めの狂言『末広がり』には、客人のためのもてなしを「御ちそう」と呼ぶ例があり、ここではまだ「立派な料理」よりも、「心を尽くした接待」という意味合いが前に出ています。
その後、江戸時代を通して、御馳走はしだいに食べ物そのものにも強く結びつくようになりました。1871年〜1872年(明治4年〜明治5年・明治時代前期)の『安愚楽鍋(あぐらなべ)』では、うまい飲み物や食べ物、ぜいたくな料理という意味がはっきり見えてきます。
では、「ご馳走様」はいつごろ今のようなあいさつになったのでしょうか。よく知られる古い例は、1809年〜1813年(文化6年〜文化10年・江戸時代後期)の滑稽本『浮世風呂(うきよぶろ)』で、「いろいろ御馳走さまになりまして」とあります。これは、今のように食べ終わってひと言だけ言う形というより、いろいろ世話になったことへの礼を、少していねいに述べた言い方です。
つまり、ご馳走様の「様」は、単に料理を持ち上げるためというより、もてなしてくれた相手の働きや心づかいに敬意をこめるはたらきをしていると考えると分かりやすいでしょう。御馳走様は、「ごちそうな料理でした」という意味だけでなく、「手間をかけてもてなしてくださってありがとうございました」という気持ちを短く表す言葉なのです。
こうして広まったあと、ご馳走様は食後の定型のあいさつとして定着しました。さらに、1898年(明治31年・明治時代後期)には、仲のよい男女を見せつけられたときに、からかい半分で「御馳走様」と言う例も現れ、もとの食事の場から少し離れた使い方まで生まれています。
なお、言葉の姿はくだけることもあり、相撲界で使われる「ごっつぁん」は、ごちそうさまが変わった形です。これは、あいさつの言葉として長く生きてきたために、場に合わせて言いやすい形へ変わった一例です。
ご馳走様の由来をまとめると、もとは「馳走」という、走り回って世話をすることを表す言葉に、丁寧さを示す「御」と、敬意をこめる「様」がついた形です。そして、客をもてなすために骨を折った人への感謝を表す言い方が、しだいに食後のあいさつとして定着したのです。毎日の短いひと言の中に、料理だけでなく、その準備や心づかいへのお礼が込められているところに、この言葉の大切さがあります。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・『中右記』
・『ロドリゲス日本大文典』
・虎明本狂言『末広がり』
・式亭三馬『浮世風呂』
・仮名垣魯文『安愚楽鍋』
・小栗風葉『恋慕ながし』



























































































