ぐっすりは、今では「深くよく眠るさま」を表す言葉としていちばんよく使われます。「ぐっすり眠る」という形があまりに身近なので、眠りのためだけの言葉のように感じられますが、もともとの使い道はそれだけではありません。
この言葉は外から入った外来語ではなく、江戸時代にはもう使われていた日本語です。そのため、英語の good sleep からできたという説明は成り立ちません。1725年(享保10年・江戸時代中期)の雑俳『清書帳』に、すでに「グッスリと寝て」という例が残っています。
古い資料を見ると、ぐっすりには「よく寝こむ」以外にも、「十分にする」「残らずする」「すっかり濡れ通る」「やわらかいものに勢いよく入りこむ」といった意味があります。今の「熟睡」の印象だけでは、この広がりはなかなか見えてきません。
とくに注目したいのは、「十分に」「残らず」「そっくりそのまま」といった意味です。1871年(明治4年・明治時代前期)の歌舞伎『四十七石忠矢計(十二時忠臣蔵)』には「ぐっすり呑めるぜ」とあり、ここでは「たっぷり」「十分に」に近い使い方になっています。
また、1679年(延宝7年・江戸時代前期)の俳諧『飛梅千句』には、近い形の「くっすり」が見え、「根からくっすり」と、残らずそのままである感じを表しています。音の形に少しゆれはあっても、「すっかり」「まるごと」といった感覚が古くからあったことが分かります。
さらに、これと近い語に「ぐすり」があります。1665年ごろ(寛文5年ごろ・江戸時代前期)の仮名草子『浮世物語』では、「頭より手足まで残らずぐすりともぬけて」とあり、何かが滞りなくすっと抜けるさまを表しています。のちには、この「ぐすり」にも「よく寝入るさま」の意味が加わりました。
こうした古い使い方を並べてみると、ぐっすりは、はじめから「眠ること」だけを表したというより、何かが途中でとどこおらず、十分に行きわたる感じや、すっかりその状態になる感じを表した言葉だったと考えると理解しやすくなります。そこから「十分に眠る」「深く眠りこむ」という意味が、日常ではいちばん目立つようになったのでしょう。
この考え方に立つと、「ぐっすり濡れる」や「ぐっすり突きささる」という意味も、ばらばらには見えません。水が中まで通ることも、物が深く入ることも、眠りが十分に深まることも、どれも「しっかりその状態になる」という点でつながっています。
語源そのものを一つにはっきり決めるのは、少しむずかしいところがあります。古い考えの中には、いびきを表す語と結びつけるものもありますが、今では定説とまでは言いにくく、断定は避けたほうがよいようです。
ですから、ぐっすりの成り立ちは、「英語から来た新しい言葉」ではなく、古くからある日本語の擬態的な言い方が、意味を広げながら今の形に育ったものだと考えるのが自然です。眠りを表す言葉としてよく知られていても、その底には「すっかり」「十分に」「深く」という感覚が広く流れています。
ぐっすりという言葉のおもしろさは、眠りの気持ちよさだけでなく、ことの状態が中途半端でなく、すっかりそのようになる感じまで包みこんでいるところにあります。だからこそ、「ぐっすり眠る」は、ただ眠るのではなく、深く、十分に、しっかり眠ることを、短い一語で見事に言い表しているのです。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・雑俳『清書帳』
・俳諧『飛梅千句』
・仮名草子『浮世物語』
・歌舞伎『四十七石忠矢計(十二時忠臣蔵)』
・『大言海』





































































































































