安本丹(あんぽんたん)は、間が抜けていて愚かな人を、少しからかうように言う言葉です。今でも強すぎない悪口として耳にすることがありますが、もともとは薬の名前をまねた、しゃれのある言い方でした。
この言葉のいちばん大事な点は、薬の名「反魂丹(はんごんたん)」になぞらえて作られた呼び名だということです。反魂丹は、近世に広く知られた丸薬で、名前そのものが人びとの耳によくなじんでいました。
近世には、丸薬の名に「丹」をつけることがよくありました。反魂丹のほかにも「万金丹(まんきんたん)」のような名が知られていたので、安本丹という形にも、いかにも薬らしい響きがありました。
そのため、安本丹は、漢字の意味を一字ずつ読んでできた言葉というより、薬名の言い回しを借りて作った戯れの表記として受け取るのが自然です。人をばかにしながらも、言い方そのものはどこかとぼけていて、きつさを少し和らげる働きがありました。
この言葉の古い例としてよく知られるのが、1762年(宝暦12年・江戸時代中期)の浄瑠璃(じょうるり)『奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)』です。そこには「汝がほんのあんぽん丹、付けう薬のない」とあり、すでに人をののしる言葉として使われていました。
この言い回しは、ただ「ばかだ」と言うだけではありません。薬の名を思い出させながら、「薬をつけても治らないほどの愚かさだ」と、ことさらにおどけて言っているところに、この語らしさがあります。
つづいて1763年(宝暦13年・江戸時代中期)の平賀源内『風流志道軒伝(ふうりゅうしどうけんでん)』の序には、「馬鹿の名目一ならず」として、いくつものののしり言葉と並べて「安本丹」が挙げられています。ここから、宝暦の終わりごろには江戸でも広く知られる呼び名になっていたことが分かります。
ただし、この言葉が生まれた場所は、もともと上方だと伝えられています。上方で使われたしゃれのある悪口が、のちに江戸へ入り、書き物にも現れるようになったと考えると、広まり方の筋がよく通ります。
では、安本丹の元になった形は何かというと、ここには少し幅があります。あほうから生まれた「あほたら」や「あほ太郎」のような言い方を、反魂丹や万金丹などの薬名になぞらえて言いかえた、とする説明が有力です。
この点は、一つの形にぴたりと決めきるよりも、「あほう」の仲間の言い方と、当時よく知られた薬名とが重なって、安本丹という形が生まれたと考えるほうが、実際の広まり方に合っています。だからこそ、意味の面では愚か者を指しながら、音の面ではどこか薬の名めいて聞こえるのです。
後の時代になると、安本丹は人を指す悪口だけではなく、別のものの呼び名にも使われました。1807年(文化4年・江戸時代後期)の『柳多留(やなぎだる)』では魚のかさごの異名として現れ、1944年(昭和19年)には織田作之助の『蛍(ほたる)』に、らくがんの一種の名としても見えます。
こうした広がりは、安本丹が強い怒りの言葉というより、少し笑いをまぜた口ぶりとして親しまれていたことを示しています。きつい悪口だけなら、魚や菓子の名にまで移っていくことは、あまり起こりません。
安本丹の由来をまとめると、近世の上方で生まれた、薬名をまねたからかいの言葉ということになります。反魂丹や万金丹のような名高い丸薬の響きを借りながら、あほうの仲間の言い方と結びついて、今に残る「あんぽんたん」になったのです。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・浄瑠璃『奥州安達原』
・平賀源内『風流志道軒伝』
・『柳多留』
・織田作之助『蛍』






























































































