たなばた【七夕】の語源・由来

七夕(たなばた)は、いまでは七月七日の行事を表す言葉として広く知られています。けれども、この言葉は初めから今と同じ形だったわけではなく、日本にもともとあった言い方と、中国から伝わった行事の名が重なって生まれたものです。

まず、「たなばた」という読みそのものは、古い日本語にさかのぼります。もとの形は「棚機」または「棚機津女」と書かれ、機を織ること、織るための機、または機を織る女性を表しました。

この古い形は、712年(和銅5年・奈良時代)の『古事記(こじき)』に、万葉仮名で「多那婆多」と書かれて見えます。ここでは、すでに「たなばた」という言い方が、機織りに関わる言葉として使われていたことが確かめられます。

その後、八世紀後半の『万葉集(まんようしゅう)』では、「織女」を「たなばたつめ」と読ませた歌が見えます。これは、天の川をはさんで会う彦星と織姫の話が日本に広がるなかで、もともとの日本語の「たなばた」が星の伝説とも結びついていったことを示しています。

日本の古い信仰では、棚機津女が水辺の機屋にこもって神にささげる布を織り、神を迎えるという考え方がありました。つまり「たなばた」は、ただの機織りではなく、祭りや神事にかかわる特別な機織りのイメージをもつ言葉でもあったのです。

一方で、「七夕」という漢字の表記は、中国の七月七日の星祭に由来します。そこでは、牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)の伝説と、手芸や裁縫の上達を願う乞巧奠(きこうでん)という行事とが結びついていました。

この中国の行事は、日本には奈良時代に伝わり、まず宮中や貴族のあいだで受け入れられました。『万葉集』に七夕の歌が多く残っているのは、そのころにはすでにこの行事がよく知られていたことを物語っています。

ここで大切なのは、日本に伝わった「七夕」という漢字表記が、そのまま音だけで読まれたのではないという点です。中国由来の行事の名に、日本にもともとあった「たなばた」という言葉が重なり、その読みが「七夕」にあてられるようになりました。

そのため、七夕の語源は一つだけで説明しきれません。日本にもともとあった「棚機」「棚機津女」の流れを重くみる説明がよく知られていますが、織女星の呼び名の訳から考える説明もあり、読みの成り立ちには古くからいくつかの考え方があります。

ただ、言葉の育ち方としてもっとも分かりやすいのは、日本の「たなばた」という古い言葉に、中国から来た七月七日の星祭が重なった、という見方です。だからこそ、この言葉には、機織りの信仰、星の伝説、手芸の上達を願う行事という三つの面がいっしょに残っています。

表記のうえでも、その重なりはよく見えます。古い文献では「棚機」「棚機津女」の形があり、後には中国由来の行事名を表す「七夕」が広まりましたが、読みは「しちせき」だけでなく、古い日本語を受けついだ「たなばた」が生き残りました。

七夕という言葉は、ただ「七月七日の夕べ」を表すだけの単純な名ではありません。日本古来の機織りの祭りの気配と、中国から来た星祭の物語とが重なり合い、長い時間をかけて今の形になった、たいへん由来の豊かな言葉です。

主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『日本大百科全書(ニッポニカ)』
・『山川 日本史小辞典 改訂新版』
・『古事記』
・『万葉集』

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